お正月に備えて!尾鷲の縁起物の昔話

御霊入れされる縁起物 今日は尾鷲に伝わる縁起物のお話をすこしご紹介します!

 尾鷲神社では神社ではめずらしく、とてもたくさんの縁起物(熊手、破魔矢、俵など)がお正月に置かれて、氏子崇敬者の方々に授与されています。

 なぜ?こんなにたくさんの、そして数種類にわたる縁起物が置かれるようになったのか?これはヤマトタケル尊の東征の話にまで遡ります。

 

 古事記・日本書紀によれば、ヤマトタケル尊は景行天皇より「東方の12国の荒れすさぶ神、また服従しない者どもを征伐し平定せよ」との命を受け、その出発の際、伊勢神宮に参拝して叔母の倭媛命(やまとひめのみこと)にお別れのことばを伝えたところ、叔母の倭媛命は草薙剣(くさなぎのつるぎ)と袋を授け「もしものことがあったら、これらを使いなさい。決して油断せぬように」と言われた。

様々な縁起物 そして、ヤマトタケル尊が駿河に到着した時、そこの国造(くにのみやつこ)は欺いて「この野原には荒々しい神(賊)がおります。」と伝え、尊が野原に入ったのを見ると火を放ち、野原ごと焼いてしまおうとした。

 ここで尊は叔母から授かった草薙剣(くさなぎのつるぎ)でまわりの草を刈り、袋にあった火打ち石によって迎え火をつくり逃れることができた。その後にここを平定した…(これはヤマトタケル尊の東征の焼津の場面です)

 

 そして、このように様々な試練に遭いながら、東征を平定したヤマトタケル尊がその戦勝御礼に鷲(おおとり)神社に参拝した時に、当時は武具であった熊手を松の木に立て掛けたのが、現在の縁起物のルーツといわれています。

 この伝承がこの地方でも伝えられており、いつしかヤマトタケル尊が東征平定できたのは、まさに草薙剣(くさなぎのつるぎ)があればこそ!と、つまり、尾鷲神社の主祭神のスサノヲ命の神力のおかげと称され、どうせ戴くのであれば祖神(おやがみ、或いはもとがみ)様から神威を授かろうと始まったのが、尾鷲神社の縁起物です!

 関東では 年末の酉の市(11月)、関西では新年の十日戎(1月)で、それぞれ福熊手をはじめとする縁起物を授与する市が開かれます。

 しかし、ここ尾鷲では験(げん)を担ぎ新年に授かる風習が生まれました。

 現在でも、正月三が日を昔の神社名称に因んで大宝市(おおたからいち)と呼ばれ、三日間はにぎやかに大きく開いております。

 よろしければお正月に参拝に来て下さい!

 

☞参考に、尾鷲神社のホームページの「尾鷲神社の縁起物 大宝市」をご覧下さい!